定年退職
職を退いたからといってあなたの人生が終わるのではありません。
今からこそが自分らしく生きるチャンスです。
今までの暮らしを支え、家族を守ってきたあなたにとって、職を退くということはまるで“自分であること”や“自分の価値”を失うかのように思うかもしれません。今までの人生のほとんどの時間を“仕事”にあて、エネルギーのほとんどをそこに注ぎ込んできたのですから無理もありません。働いているということはあなたにとって、苦しいことや辛いことがあるのと同時に“誇り”であったり“自分が必要とされていることの証明”であったりしました。
それらを手放した時、さて、あなたは何をどうしていくのでしょう。大抵の人は手持ち無沙汰な思いを抱きます。長い間で身についてしまった“働きに行く”という癖は、あなたを大いに戸惑わせることでしょう。次なる職場がある人は別として、全く仕事から離れ、ひとりの自分となった時、何と不確かで何と頼りなく心細い自分がいる、とあなたは思うでしょう。
今までは何かしらあなたを表現してくれているものがありました。それは会社名であったり、部署名であったり、役職名です。しかしそれから離れた今、あなたはあなたとしてそこに生きているのです。ですから、ここからはあなたそのものを表現して生きねばならないのです。逆を言えば今からがあなたらしく生き直す時だと言えるのです。これからは職場から家庭・地域へとその働きの場を移すのです。そこにあって、あなたの本当の心(ありのままの心)で生きるのです。
職場にあっては、まわりとの兼ね合い、まわりからの評価、多くの人々とのやりとりのなかで、なかなか本音でいられないことがほとんどでした。そのために、あなたは本当の自分とは「少し違う自分で」働いていたのです。けれども今からは違います。会社のため、仕事のため、能率良く、といった基準で動くのではなく、(もうそれらに縛られ、心を小さくすることもなく)「人はどうするべきなのか」ということを基準に、「正しさと優しさ」に依拠して行動すればいいのです。それまで休息や睡眠、食事の場だった家庭が、これからのあなたらしさを発揮していく場になるのです。仕事や職場を優先してきたことの“つけ”は、家庭におけるあなたの「居場所のなさ」という形になっているかもしれません。しかし、本来、心楽しく心通わせて生き、暮らせる“場”にようやくあなたは戻ったのですから、これからその「居場所」を作っていけばいいのです。
変な遠慮をせず、また逆に空威張りをせず、家族との心の絆を結び直してください。
職を退いたことであなたは何かを失ったのではありません。手放しそうだった家庭という場、家族というつながりを再びしっかりと手にしたのです。
長年仕事に精を出してきたことは大きな評価に値することです。いずれにしても「よく頑張ってきた自分」に対して、自分の心と体に対して心からのねぎらいの言葉をかけてあげて下さい。
夫が父親が定年退職を控え(迎え)た人たちは、まずは彼に対するねぎらいと感謝を目一杯表現し、伝えて下さい。たとえ、彼が仕事ばかりで家庭・家族をおろそかにしていたと、あなた方が不満や寂しさを持っていたとしてもです。彼が職場で頑張ってきてくれたからこそ、あなた方の暮らしは成り立ってきたのですし、彼によってあなた方は守られてきたのですから。
職場では彼は彼らしくいられたかというと決してそうではなかったはずです。時には辞めてしまいたいというような思いを抱いたこともあったでしょう。しかしいつもそこで頭にあるのは、あなた方への“責任”ということだったはずです。そういった者の心は実際は、なかなか分かってはもらえません。疲れ切った心と体とを抱えながらも仕事を続けてきたのは、あなた方への愛情があればこそなのです。
ようやくそういったものから解放された彼ではあっても、あまりにも急に背負っていたものをはずされて自由を味わうどころか、逆に、どうしていいのか分からないこともままあります。そういう彼を大事にしてあげて下さい。邪魔な者のように扱ったり、何の役にも立たない者のように言ったりしてはなりません。
彼なりに大変だったその期間の分、休息は必要なのですから。今まで、耐えることに使っていたエネルギーの行き場がなくなれば、無気力になったり、不安定になったりするのも仕方のないことなのです。
彼が彼として彼らしく生き直していくための準備期間に要する時間は人それぞれです。あなた方は、「彼の思うように」任せてください。温かいまなざしをもって。